横浜六浦教室のメッセージ
正月一日はまいて空の景色もうらうらと~枕草子第三段から
2024.01.01
正月一日は、まいて空のけしきもうらうらと、めづらしうかすみこめたるに、
世にありとある人は、みなすがたかたち心ことにつくろひ、
君をも我をもいはひなどしたる、さまことにをかし。
七日、雪まのわかなつみ、あをやかに、例はさしもさるもの
目ちかからぬ所に、もてさわぎたるこそをかしけれ。
白馬(あをうま)みにとて、里人は車きよげにしたてて見に行く。
中御門(なかのみかど)のとじきみ引きすぐるほど、かしら一所にゆるぎあひて、
さしぐしも落ち、用意せねばをれなどしてわらふもまたをかし。
左衛門の陣のもとに、殿上人などあまた立ちて、舎人(とねり)の弓ども取りて
馬どもおどろかしわらふを、はつかに見入れたれば、立蔀(たてじとみ)などのみゆるに、
主殿司(とのもりづかさ)・女官などの行きちがひたるこそをかしけれ。
いかばかりなる人九重(ここのえ)をならすらむ、など思ひやらるるに。
内裏(うち)にも、見るは、いとせばきほどにて、舎人の顔のきぬもあらはれ、
まことにくろきに、しろき物いきつかぬ所は、雪のむらむら消えのこりたるここちして
いとみぐるしく、馬のあがりさわぐなどもいとおそろしう見ゆれば、引きいられてよくも見えず。
【現代語訳】
正月一日は、一段と空の様子もうららかで、新鮮な感じがあり、一面に霞んでいるおりから、
世間のあらゆる人が服装や化粧を念入りに整えて、主君をもわが身をも新年を祝っているのは、
格別趣(おもむき)があっておもしろい。
七日は、消え残る雪の間に育った若菜を摘むのがおもしろい。
普段は青々とした若菜をめったに見かけない宮中で、持てはやしているのがおもしろい。
白馬節会(あおうまのせちえ)を見物しようと、女性たちは牛車を綺麗に飾り立てて
宮中へ出掛ける。侍賢門(たいけんもん・大内裏の東にある門)の敷居を
牛車が通過するとき、車が揺れて乗り合わせている者同士の頭がぶつかり、
頭に挿した櫛も落ち、うっかりすると折れたりもして、笑いあうのもまたおもしろい。
建春門(けんしゅんもん・内裏の東側の門)あたりに大勢立っている貴族たちが
舎人(とねり)の弓を受け取って、馬を驚かせて笑っている様子を牛車の中から
そっと覗いてみると、衝立(ついたて)が見える。そこを主殿司(とのもりづかさ)や
女官たちが行き来している様子もおもしろい。
どれほどの果報を受けた人たちが宮中で慣れたふうに振舞っているのかと思いやられるが、
見える範囲なんてものは宮中のほんのわずかな部分だけである。
舎人の顔の地肌もあらわに見えて、地黒で白粉が塗れてない部分は
雪がまだらに消え残ったような感じがして大変見苦しく、馬が跳ね上がって騒ぐのも
とても怖く感じるので、自然と身体が車の中に引きこもってしまって、よく見えない。
※白馬節会(=あおうまのせちえ)天皇が白馬を見て一年の邪気を祓う儀式
※舎人(=とねり)警備などの下級役人
※主殿司(=とのもりづかさ/とのもづかさ)宮中の雑務担当