横浜六浦教室のメッセージ
枕草子第218段「笛は」~笛は横笛いみじうをかし
2024.04.22
笛は 横笛、いみじうをかし。遠うより聞ゆるが、やうやう近うなりゆくもをかし。
近かりつるがはるかになりて、いとほのかに聞ゆるもいとをかし。
車にても、徒歩(かち)よりも、馬にても、すべて、ふところにさし入れて持たるも、
なにとも見えず、さばかりをかしき物はなし。まして聞きしりたる調子などは、
いみじうめでたし。暁などに忘れて、をかしげなる、枕のもとにありける見つたるも
なほをかし。人のとりにおこせたるを、おしつつみてやるも、立文のやうにみえたり。
笙(しょう)の笛は、月のあかきに、車などにて聞こえたる、いとをかし。所せく
持てあつかひにくくぞ見ゆる。さて、吹く顔やいかにぞ。それは横笛も吹きなしなめりかし。
篳篥(ひちりき)はいとかしがましく、秋の虫をいはば、轡虫(くつわむし)などの心地して、
うたてけぢかく聞かまほしからず。ましてわろく吹きたるは、いとにくきに、臨時の祭の日、
まだ御前には出でで、もののうしろに横笛をいみじう吹きたてたる、あな、おもしろ、
と聞くほどに、なからばかりよりうち添へて吹きのぼりたるこそ、ただいみじう、
うるはし髪もたん人も、みな立ちあがりぬべき心地すれ。
やうやう琴、笛にあはせてあゆみいでたる、いみじうをかし。
【現代語訳】
笛は横笛がとても風情がある。遠くから笛の音が聞こえるのが、段々と近くなってくるのも面白い。
近かったのが、遠くになっていって、本当に小さな音が聞こえるのも、とても面白い。
車であっても、徒歩であっても、馬の上でも、いつも懐に差し入れて持っていても、
何にも変に見えず、これほどお洒落なものもない。まして、聞いて知っている歌などは、
とても素晴らしい。明け方などに、男が置き忘れて、おしゃれな横笛が枕元にあったのを
見つけたのも、とても面白い。人を遣わしてきて取りに来させたのを、紙に包んで渡すのも、
立文のように見えたものである。
笙の笛は、月の明るい晩に、車などでふと聞いたのは、とても情趣がある。
しかし、物が大きくて置き場所が狭く、持って扱いにくいように見える。
さて、それを吹く顔はどんなものであろうか。それは、横笛であっても、
吹き方によって顔の見え方は変わるだろう。
篳篥(ひちりき)は、とてもうるさくて、秋の虫でいえば、くつわ虫のような感じがして、
嫌いなので近くで聞きたくもないものであり、まして、下手に吹いたのは
とても憎たらしくなるが、臨時の祭の日、まだ帝の御前には出ないで、
物影で横笛を一生懸命吹き立てたのを、面白いなと聞いているうちに、
途中から一緒に篳篥を吹いたのは、ただ素晴らしくて、綺麗な髪を持っている人でも
髪がすべて立ち上がってしまうような気持ちがした。
そして、ようやく琴、笛に合わせて一緒に歩き出たのは、とても面白い。