横浜六浦教室のメッセージ
忘れじのゆく末まではかたければ
2024.05.02
忘れじのゆく末まではかたければ
今日を限りの命ともがな
小倉百人一首第54首目 作者は儀同三司母(ぎどうさんしのはは)
高階貴子(たかしなのきし/たかこ)は平安時代の女流歌人で女房三十六歌仙に数えらます。
通称は高内侍(こうのないし)、または儀同三司母(ぎどうさんしのはは)です。
高階貴子は、関白になった藤原道隆に嫁ぎ、三男四女を授かりました。
藤原道隆との間に授かった子供たちの中でも、藤原道長と権力争いをした
「藤原伊周(これちか)」、清少納言が仕えた「藤原定子(ていし/さだこ)」、
刀伊の入寇を撃退した「藤原隆家(たかいえ)」の3人は特に有名です。
この和歌の意味
貴方は「決して忘れまい」とおっしゃいますが、
いつまでも心変わりしないなどありえないでしょうから、
お逢いできた今日を最後とする私の命であってほしいのです。
「将来、その気持ちがどうなるかわからない」と言いながらも、
今日この命が終わってしまえば、その言葉がずっと真実のままでいられるのです。