2021.05.17
「カルネアデスの板」とは、古代ギリシアの哲学者、カルネアデスが
出したといわれる問題です。倫理における思考実験の一つです。
舞台は紀元前2世紀のギリシア。一隻の船が難破し、乗組員は全員海に
投げ出されました。一人の男が命からがら、壊れた船の板切れ(船板)に
すがりつきました。するとそこへもう一人、同じ板につかまろうとする者が
現れました。しかし、二人がつかまれば板が沈んでしまうと考えた男は、
後から来た者を突き飛ばして水死させてしまったのです。その後、
救助された男は殺人罪で裁判にかけられましたが、罪に問われなかった
というものです。
これは、「緊急避難」の例として、現代でもしばしば引用される寓話です。
日本の法律では、刑法第37条の「緊急避難」に該当すれば、この男は
罪に問われません。しかし、その行為によって守られた法益と侵害された
法益のバランスによっては、「過剰避難」とみなされる場合もあります。
舞台は近未来のニッポン。未知のウイルスが蔓延し、国民は打てば
助かるかもしれないとワクチンを求めていました。一人の男が命からがら、
ワクチン接種権を得ました。するとそこへもう一人、ワクチン接種権を
持った者が現れました。しかし、ワクチンは一人分しかありません。
二人には接種できないと考えた男は、ワクチンを優先して接種してもらい、
後から来た者は死んでしまいます。これは罪にあたるのかどうか。
ワクチン接種の優先順位の問題のみならず、最も多くの人々に最善の治療を
施すという、救急医療における「トリアージ」も、この国で起きている現実です。
現実から目を背けることは、だんだんできなくなってきているのです。